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日韓併合前の朝鮮事情2「川と山」

 政府が歴史事実を全て無視してまたもや意味不明な思想に寄った談話を出しました。朝鮮に日本が侵攻して武力で植民地にし、過酷な収奪を行ったことにされちゃってますが、莫大な日本国民の血税を投入してまで収奪するものがあったのでしょうか。事実を追えば、矛盾だらけですので、当時の書籍から朝鮮の実情を見ていきたいと思います。

 第二回は、引き続き「最近朝鮮事情(荒川五郎著)清水書店/明治39年5月」より、朝鮮の川と山についての記述を書き出しました。単純な地理的説明の文は省いております。

※旧仮名遣いは現代仮名遣いに直しており、送り仮名や熟語も現在使われている様式に直しています。誤字脱字等あると思います。不明な点は原著を当たって下さい。

朝鮮の川(32~34ページ)

●釜山に上陸し、龍頭山に上りて四方の島山を望み、又草梁から汽車に乗って行きつつ、車窓から四方の山々の禿げて木の無い所、出水の度毎に田畑を荒らして居る所などを見ては、誰でも朝鮮には山も無いが川も無いという感じを生ずるであろう。

●川すなわちカワとは和語、カワルという意から出たので、又山すなわちヤマはヤムという意からでると聞いて居たが、なる程川も自然に任して之が堤防を作ったり、川浚いをして水流を自由にしたり、などなど人が世話をして所謂治水ということをしなければ、大水の度毎にその激勢で田や野を荒らし、水流の所を変えることは有り勝ちで、昔に於いて川は変わるものとして居たのは当然であろうが、しかしそれではその水の及ぶ所安心して田畑に手をかけ物を入れて之を作ることは出来ない。田畑を持って居ても何時流されてしまうやら分からぬから、決して安固確実な財産ということはできないことになる。

●であるから我国でも治水すなわち河川の修治改築ということには力を入れて、国庫の費用を以てやるもおあれば、又地方費でやるのもある。一例を挙げれば木曽川の如き改修工事をやったが為に沿岸近方どれだけの田畑が出来たことか分からない程で、随分物が入るようでも、之に十分手を入れて水荒れの損害が無いようにしたなら、安固な財産を得て年々の利益は決して少なくないから一時の物入り位は訳はなく戻ってくる。そこで人の知識文明が開けるだけ、河川の修築ということに物を入れ力を入れるようになる。

●所が朝鮮ではマダ治水という考えが無いらしい。全国一体に川は多いが、今ある川でも大水が出ればどう変わるか分からない。少し手を入れれば水流れが定まって、この辺り立派な土地が出来る。安心して稲や麦を作ることが出来ようと思う所でも、一向平気に打っちゃってある。朝鮮に川無しと申してもやむを得んでは無いか。

●だから大水が出ない年は穀類なども良く出来て豊年を祝うことが出来るが、一度大水に逢うと流域一帯に河水に浸され、作物は大いに害せられてしまう。そこで朝鮮には三豊一凶とかいう語(ことば)がある位で、三年に一度は大水で荒れるものと観念して居る。情けない話で、天からの立派な恵みを人の手の行き届きの為に沢山失うて居るのである。

●どうか朝鮮百年の経営を思えば姑息の考えをせずに、まずこの川を作り川を固めて、川流れを完全にし、運輸の便利を十分にし、そして近傍一帯作物の善く出来る土地土地を安心して作ることの出来るよう、尚之に手を入れ物をかけて十分の財産に仕立てることが出来るようにしたいものと思う。

●であるから、朝鮮の内地を開くのは殖林とこの河川修築が第一の急務ではあるまいかと思う。今でも土地はやすし農業をしても内地よりは余程割合が善い。善い儲けになるのであるから、之を若し河川を修築して大水の荒れる害を防ぎ、田畑作物の安全を図ることが出来るに至ったなら、我国から渡って行く人は拒ぎ切れない程であるであろう。

朝鮮の山(35~38ページ)

●山高きが故に貴からずで、朝鮮の山という山は殆ど禿げ山であるから、朝鮮に山無しと言うても差し支えなかろう。前にも言うた通り山即ちヤムという語(言葉)は和語ヤムという意から出たので、山と言えば静止不動を意味して、不動山の如しという語もある。又止という字もこの静止不動の山から出たので、山と止とは同じ字源でよく似て居るのも道理じゃと言われて居るが、朝鮮のこの禿げ山を見ては実に吾事止(わがことや)むと嘆ぜざるを得ない。

●これは朝鮮の山には虎が多かったから、為に人の安寧を害するのみか、山などに往くことが出来ないので、やむなく山の木を伐り平らげて悉く虎を打ち倒し、以て虎の害を除いたのである。それで山々が悉く禿げておるのであるという説もある。

●これは怠け者が居食いをして食い潰し、遂に着物迄も売り払うて潰しながら、着物を着て居ると蚤や虱の隠れ場になって困るからなどのいうのと同じことで、実にやむを得ずこじつけた説であろう。馬鹿馬鹿しい。

●伐っては遣い取って炊き、そうして如何に禿げようが如何しようが構わず、植林など更に考えるどころか我一がちに互いに競うて伐り取りて顧みなかったものであるから、それで遂に今日のような哀れな有様を呈するに至る。従って川にも影響して来た次第であろうと思われる。

●併しこれは朝鮮ばかり笑われた義理ではない。日本も近頃非常に無茶伐りに山を伐り林をたやすことが盛んであって、一時は至る所禿げ山が沢山あったのを、幸いに近頃気がついて植林ということが広まって来たのであるが、もと山というものは取るばかりで、そだてるという考えは無かった。そこで世間の諺にも跡は野となれ山となれということもあるが、決して山や野はそういう訳のものでは無い。

●悲しいことには朝鮮人にはマダその気がつかないから、斯様に山々が皆禿げて居るのであろう。そこで一度大雨があると、水源を保たないから川水はスグ氾濫して、濁流滔々と田園を害するのである。

●斯く山も無く川も無いとなれば、従って田園も無い人家も無い、遂には朝鮮も無いということになる。それは極端の極端じゃが、朝鮮の川は平生でも多く澄んでは居ない。大抵赤黒い濁り水で川の底を見るなどメッタに出来ない。

「朝鮮の川」「朝鮮の山」から分かること、思うこと

1.少なくとも日本が朝鮮を保護国とした当時、朝鮮では治水工事は一切されていなかった。(これは松尾茂さんの「私が朝鮮半島でしたこと」でも分かります。良い本なので是非読んで見て下さい。)

2.計画性無しに樹木伐採するので朝鮮の山は全て禿げ山であった。治水概念が無かったこともあって、水害も多かった。

3.併合後の写真を見ると山に緑が溢れているので、計画的植林の成果が出たのだろう。川と山を見る限り、奪ったという文言は一切当たらない。朝鮮半島に土地を有効利用するための持てる限りの技術とお金を注いだことが良く分かる。

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