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日韓併合前の朝鮮事情3「人」

 第三回も引き続き「最近朝鮮事情(荒川五郎著)清水書店/明治39年5月」より、朝鮮の人(上・中・下)についての記述を書き出しました。本内容は当ブログ内エントリーの「本人の意志に反して日本に留めている朝鮮人は犯罪者を除き1名もない(平成22年8月4日)」に記載したものと同一です。まとめる意味でこちらに移動しました。

※旧仮名遣いは現代仮名遣いに直しており、送り仮名や熟語も現在使われている様式に直しています。誤字脱字等あると思います。不明な点は原著を当たって下さい。

朝鮮の人(上)(86~89ページ)

●朝鮮の人はどんな人かと言うて別に変わったことは無い、同じ種類の東洋人、その色合いから背格好、髪や毛の黒いところまで、皆日本人によく似ている。鉄道の改札係や学生など、髪を切り洋服を着けて日本語を使っているのは、日本人と少しも変わりは無い。朝鮮人だと知って注意して見ないと日本人かと見間違える、その容貌骨格の大抵同じようなのと、言葉の脈筋や文法が全く同じようなのと、古代風俗の互いによく似ているなどなどは、日本人と朝鮮人と同じ一つの型の人種であるということが思われる。

●只よく見れば何処と無くボンヤリした所があって、口をあけ眼がどんよりとして何か足らないかのように見える。しかし何も足らないことは無い、日本語も早く覚える、一通りの事務もできる。只面倒な勘定事や何んどになると、どうも堪えられない有様であると、或る朝鮮人を使っている人の話であった。

●朝鮮人は一体に男子は顔が長くて、気の長いのを表している。しかし女の顔は短いのが多いようだ。口元や顔の按排式は何処と無く無頓着のたちが見えて、実に衛生だの病気だの無頓着千万、そこになると悪く言うようだが人間よりか獣に近いと言ってもよいようである。

●道を歩くにもノソリノソリ牛が歩むように、又わけもなく道ばたの名も知れぬ草の芽など取って食っている。大きな棒でなぐられてもシイて痛そうにもせず、あちらに行け邪魔になると追いまくられてもブラリブラリ愚図ついている有様などは、牛に近いと言ってよい。

●雨の降る日には仕事はしない方で、又寒い日など終日家の中で、遊惰にふけり雑談して、人の責務とか、勤労とか、時間の大事な事など更に観念は無いらしい。

●もっとも雨天に仕事をしないのは、前に朝鮮の山朝鮮の川のところで説いたように、雨が降ると田や野も道路も皆水になるのであるから、仕事をしようと思っても出来ない有様で、自然雨の日には仕事はしないことに習慣がなったものであろうか。

●従って朝鮮には雨具の用意が極めて少ない。殆ど無いといってもよい。笠とか傘とか言うものも無い。只どちらともつかない極小さい子供の玩具のような油紙でこしらえたのであって、これは只笠即ち冠帽子を覆うだけで、その他に身体を覆い雨や雪を防ぐものは更に無い。下駄の如きでも只木を削ったばかりで実に不細工千万の物である。もっとも今頃は段々日本の傘やコウモリ傘の類が輸入されて、これを買って持っている者は自慢げに持ち歩いている。

●であるから雨具も入るように朝鮮人を雨の日にも働かそうと思えば、雨の関係を究めねばなるまい、即ち雨が降っても田野や道路が水にならないように、仕事をしようと思えば出来るように、治水即ち河川の修理をしてやらねばならないと思う。今日の有様ではまず雨の日には仕事をしようと思っても出来ない所が多い。もっとも何処も何処もそういう訳では無いから、その元は彼らの柔惰無気力によるのは言うまでも無い、雨水の氾(はび)こるのを打ち捨ておくのも実にその怠惰からである。

●また五六人以上朝鮮人がいるうちには必ず一二人は痘痕(あばた)のものがある。これは衛生の思想の無い明らかな証拠で、天然痘が流行しても種痘をしてこれを予防するなどの考えもなければ、又その道も開けていない。だから今時日本の内地には痘痕面の人は滅多に見られないけれども、朝鮮では到る所にこれを見ることができる。しかし今では種痘も漸次広まりつつあるそうである。

●朝鮮は概して飲料水がよくない上に、朝鮮人の無頓着なることは、雨が降って河水が赤濁りに濁っていても、これを濾(こ)して用いるなどの考えは、更に無い。そこで赤痢だの、腸チフスなどの病気が兎角発生し易い。

●以上は朝鮮人の一体に無頓着で、不精なたちである一端を説いたのである。

朝鮮の人(中)(89~91ページ)

朝鮮人の不潔と来たら随分ヒドイ。てんで清潔とか衛生とかいう考えは無いから、如何に不潔な家でも、如何に不潔な所でも一向に平気で、濁った水でも構わないどころか、小便や大便の汁が交じっていても、更に頓着せずにこれを飲む。実に味噌も糞も朝鮮人には一所である。

●といえば朝鮮に行かない人には、極端の言うようの様に思われるかも知れないが、事実その通りで、一例を挙げれば、家を造るに、壁土の中に馬糞などを混ぜて喜んでこれを塗る。その訳は馬糞をまぜると壁が堅くなって泥が落ちにくいと言うている。

●更に驚くべく信じがたい程であるのは、朝鮮人は小便で顔を洗い、気目がよくなると言うている。又小便は腎虚や肺結核や解熱等に有効だと言ってこれを用い、又強壮剤だと言って無病のものでも飲んでいる。いよいよ病気が重くて生きられまいという時は、大便を食べさすというとも聞いている。何と驚かしいことでは無いか。

塵やゴミがばらけてようが、物が腐って臭かろうが、食い物には蠅がたかって汚しても、更に何とも思わないで、年中風呂に入るの、湯を使うのいうことは無い。

●夏などの穴のような家の中は勿論蒸し暑いものであるから、大抵は家の外に露宿する、その頭元には糞や小便が流れており、悪習は紛々として鼻をつく程でも、朝鮮人には感じが無いらしい。

●日本の者が朝鮮に入り、朝鮮人家の間に雑居し、又は朝鮮内地を旅行して朝鮮人の家に泊まると、一番に困るのは家の不潔であるのと、一種の臭気を吐き気を催す程である上に、南京虫がやってくるので、実に快く眠ることが出来ないがちである。

●又小便壺は大抵室の中に置いてあって、大人でも子供でも、客の前であろうが、誰が居ても構わずジャアジャアと小便する。又その小便器を口の側に持って寄せて唾を吐き込む。彼らは久しい慣習で、別に何とも思わぬらしいが、日本人の眼から見れば如何にも見苦しい、たまったもので無い。

●これが田舎になると一層ヒドいのは言うまでも無いが、しかし田舎のみでは無い、京城でも割合に不潔で無いのは大路ぐらいのみで、少し折れて小路に入ると、その臭気は鼻を覆ってで無くては通られない程で、塵やゴミが路の上に散り乱れており、家々の便所から大小便は勝手に流れ出でつつある。そこら辺りを朝鮮の子供等は平気でガヤガヤと戯れ遊んでいる。

●又街々到るところに牛の頭や足が、店先に並べてあるのが見える、実に見るからに心もちが悪くてたまらないのに、朝鮮人はガヤガヤ入り込んで、食ったり飲んだりしている、これは飲食店である。

●一度長雨が降ると、泥まった水は不潔物と一緒になって、路の上でも脛の方までもくる程みなぎって、室内の道具など漂わしてもこれを洗うの何のということは更に無い。

婦人がボチャボチャ衣物(きもの)の洗濯をしているので、いって見れば濁り黒ずんで、小便水やら雨水やら更に見分けはつかない中にセッセと、揉んだり打ったり、汗水たらしてやっている。

●右は朝鮮人の不潔の概略を述べたのであるが、しかし今日では到る所、大抵日本人の宿屋もあり、誰が行ってもここに書いてあるような不快な目には逢わずに旅行することが出来るから、朝鮮にゆく人はその段は安心して行かれたい。

朝鮮の人(下)(92~94ページ)

●朝鮮人は又概して勤勉貯蓄の思想が極めて乏しい、チョット見た所では仕事をする者は無いか知らんと思われる程、用も無いのに長いキセルを持ってブラリブラリしているのを到る所に見るのである。

●又朝鮮人の好奇心は妙で、かの京城の電気鉄道が出来ると、彼らは珍しがって、用も無いのにこれに乗って、或いは東に行き或いは西に行き嚢中(のうちゅう)銭つきて始めてボンヤリ立って、羨ましげに電車の行くのを眺めている。又京仁京釜の鉄道が出来ると、遠方からわざわざ用も無いのに汽車に乗りに来て、袋をさかさにして下等切符を買い、汽車に乗って先生甚だ得意がってゴザる。

●ようやく儲けてはその金を以て、電車に乗りに来たり、汽車に乗りに来たりする。無邪気と言おうか、子供げで可愛らしい、朝鮮の今日あるを致すこと偶然でないのが知れる。

●ある日本の商人が自転車を持っていって店に飾って置いたら、これを見た一の朝鮮人は家財など必要品までも売り払ってこれを求め、毎日市中を乗り廻して、物見高い他の同胞を羨ましがらせていたが、その後間も無く、金に窮して自転車も法外の安値で売り飛ばして仕舞い、車も無いが身代も無いものとなったという話しもある。

●それと言うものが、朝鮮人は至って遊惰安逸をむさぼり、その日さえ過ごさるれば骨を折って仕事をしようという考えも無いから、雑談にも困り無事に苦しむことがあっても、田舎などには娯楽に供する寄席のような手軽い便利な遊覧場などの、耳や目を喜ばすものも無く、ようやく盆栽をいじくったり、将棋カルタを弄ぶ位が主な楽しみで、その他は昼寝やら煙草をふかしなどして、その日を送るのであるから、右等のような子供げたことも自然に生じてくるのでもあろうか。

●かように朝鮮人は一般に為すことも無くその日を送る遊惰の民であるが、しかしその中で又色々気質の相違もある、ある書に慶尚道(けいしょうどう)の人民は他よりか勉強する美風があって、農業や漁業をはげみ、貯蓄心もあって、文字を解する者が多く、性質もよく品行もマァよい方であるが、粗暴で喧嘩好きなは咸鏡道(かんきょうどう)の住民に多く、欲深く狡猾なのは全羅道(ぜんらどう)の住民に多い、又愚昧で吝嗇(りんしょく)なは黄海道(こうかいどう)に平安道、遊惰で奢侈(しゃし)なは京畿道(きょうきどう)、忠清道(ちゅうせいどう)、頑固で未開なは江原道(こうげんどう)だと書いてあったが、果たしてどうであるか。

●こう言えば朝鮮人は実に取り柄の無い人間のようであるが、しかし使いようさえ善ければ随分役に立つ。第一朝鮮人が物を負う力の強いことといったら、実に日本の馬よりも重いものを負う。中には六七十貫目の物でも負うのは珍しくないそうであるから、よく督励して仕事させ、持ち運びに使ったら中々役に立つ。只なまけさせないように約束を守りてよく働くように監督が肝要である。

●朝鮮婦人は一体に男子に面を見られないようにするが、下等婦人は労働をせねばならぬから臆面も無く市中を往来する、彼等はまた物を頭に載せる力が強い。売り物や買い物を皆頭に載せて行く所は日本の大原女などによく似ている。男女とも各々特有の一力を以ているのは妙じゃ。

「朝鮮の人(上)(中)(下)」から分かること、思うこと

1.朝鮮の男性は仕事もせずに煙草三昧だが、女性は何やら必死に働いている。朝鮮儒教の影響かどうか分からないが、勤勉実直ということは無いようだ。しかし、男女共に力が強いので上手に使うことで能力を発揮させることができる。

2.衛生観念がまるでなく、小便で顔を洗って、小便を飲んでいる。重病の時は大便を食べさせていた。部屋に小便壺があり、人が居ようと構わずそこに小便もするし痰も吐く。様々な書籍でも言及されているが、悪臭が酷く不衛生極まり無い状態だった。

3.小便を飲み、大便を食うというのは、現代日本人からみると異常なことに見えるが、当時の朝鮮(一部では未だにこのような風習がある)においては、それが文化だったのだろう。便の飲食について禁止させたことも文化を奪ったことになるなら、何とも言えない気分になる。

4.一日中仕事もせずブラブラしている状況で、本当に日本が介入せずに近代化を行えたのかと言えば、否だと思う。

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