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在日朝鮮人事情1「在日朝鮮人運動の概況」

ようやっと「在日朝鮮人運動の概況:法務研究 報告書第46集・第三号(坪井豊吉著)」をまとめる時間ができたので、主要な部分を抜粋引用しながら当時の状況を見ていこうと思います。

※本文中の漢数字は読みやすさを考慮して英数字に、「はじまつた」などは「はじまった」表記にしています。誤字脱字等あると思います。引用部分は「blockquote」で囲み、色は私が付けています。不明な点は原著を当たって下さい。

法務研究 報告書第四六集第三号
在日朝鮮人運動の概況 昭和三四年三月 法務研修所

法務研究報告書 第四六集 第三号
在日朝鮮人運動の概況
昭和三二年度法務研究員
公安調査庁 法務事務官 坪井豊吉

※以後、本書を引用する場合は上記は省略。

まえがき

 かねてから、終戦後の在日朝鮮人対策が日本の大きな社会問題に発展し、これが総合的対策の緊急処置を要することが、朝野の各方面で強く叫ばれていた。とくに、その基本的な問題となっているいわゆる朝鮮人運動については、積極的な根本的調査と対策が要望されてながらも、各治安機関ともあまりにも時務に急なるまま、つい過去の運動実態の解明には、その調査の手をのばすことができなかった。ところが、こんど、法務研修所の御理解のもとに、この根本的な調査に一応着手することができたことは、邦家のためにもなによりのことであったと考えている。

 そこで、わたくしはこの「報告」のなかで、終戦の8月から昨32年末までの在日朝鮮人運動の概況を一応とりまとめて、その本格的調査のいとぐちにしようと考えたのであるが、いざとりかかってみると、はやくも13年になるその間の運動資料は、各方面に散逸あるいは亡失されて、その収集はきわめて困難なものとなっていた。したがって外務省アジア第1課、国警警備第2課、警視庁公安第3・4課、同警備課をはじめ東京地検公安部、法務省民事局5課など各方面の深い御理解と御援助によって、ようやく当時の状況を知るに必要な一応の資料が得られたようなわけである。ことに入国管理局の小暮調査室長と森田事務官、富山県警備課長篠崎警視ほか民間の2、3氏からは、とくに得がたい貴重な資料の提供をうけた。また、終戦後いままでに在日朝鮮人問題の資料をまとめたものとしては、

 1、ワグナー著-在日朝鮮少数民族(1951-英文)
 2、法務研修所-在日北朝鮮系朝鮮人団体資料集(27・10)
 3、坪井豊吉編-在日朝鮮人の概況-戦前編(28・8)
 4、篠崎警視著-在日朝鮮人運動(30・3)
 5、森田事務官報告-在日朝鮮人処遇の推移と現状(30・7)

などのほか、日刊労働通信社刊「日本共産党の戦略戦術-朝鮮編」などがある。これらは、いずれもその特徴をもつ貴重な文献であるし、わたくしのこの「報告」はつとめてこれらとの重複を避けた。しかし篠崎氏と森田氏の労作からは、この「報告」のなかへ多くの貴重な統計を引用させていただいた。

 さて、そうしてできあがったこの「報告」は、わたくしの不手際からまことにお恥ずかしい粗雑なものとなってしまったが、その内容では、理論的な説明や批判などはつとめて避け、また、なるべく主観を加えないで、実際的な運動の経過の概要を、とぼしい資料を翻訳駆使しながら、公正にまた忠実に記録することにつとめた。また民団系のいわゆる右翼運動については、左翼の運動を理解するに必要な限度とし、ごく簡単に記述しておいた。とくに第1章「朝連・民青時代」と第2章の「民戦準備時代」のことは、従来どこにもまとめたものがないので、この作業の誇りとするために大半の労力をそそいで資料を集め、ややくどすぎるほどにくわしく記述しておいた。また民戦と総連時代については、各治安機関に資料も多いので、ほんの概要を伝えたに過ぎない。さらに各章を切りはなして読んでいただいても、一応それを理解できるように編集したので、その間に若干の重複は免がれなかった。なお内容はきわめて貧弱でも、目次だけは大きくまたくわしくかかげておいた。それは年表や事項索引などに、あるいは代用できるかもとも思ったからである。この事項索引の作成も、別に一応考えてはみたが、アメリカ式なファイルシステムや事項索引の作成などは、貧乏国日本にはあまり適していないし、また実益もあまりないとも平素から考えているので、つい時間もないままこれをはぶいてしまった。さらに、有力な当時の朝鮮人にもあって直接話を聞いたり、また各地で調査したいこと、編集のやりかたなどについても、いろいろたくさんな希望ももっていたが、労力と時間の制限はついにそれも許さなかった。したがって、その調査の不十分なところや間違っている点は、こんごなにかの機会を得て、増補訂正の機会をえたいと念願している。

 いまや、日韓両国の相互釈放の問題も一応解決し、行き詰まっていた日韓会談も近く再開されようとしている。北朝鮮からのいわゆる対日平和攻勢も、教育援助資金2億2千百余万円の送付などもあってようやく積極化し、日本と南北両朝鮮との問題はいよいよ複雑化そうとしてきた。われわれは、在日朝鮮人にたいするいわゆるどうか政策の可否は別問題としても、終戦前の「昭和19年の朝鮮人と台湾人にたいする処遇改善の発表が、もし5年はやく実現されていたら──たとえ大東亜戦争に負けていても──」の悔いを、現在の在日朝鮮人の処置にあたって繰り返さないようにしたいものである。さらにはまた最近の「自分たちがつくった法規を無視するような外国人の国内釈放──」などをふたたびやらないよう、深く念慮しているものである。そこでこの「報告」にたいしては、まことに余計なことのようではあるが、結章として「在日朝鮮人問題の対策」に関する愚見をすこしのべさせてもらった次第である。

 このまずしい粗雑きわまる「報告」が、この方面の仕事をやる上に多少とも参考となり、またこんごの在日朝鮮人問題の解決のいとぐちをみつけるために、すこしでも役立つところがあれば、なによりも光栄と考える。

 昭和33年2月
             坪井 豊吉


まえがきは、本を執筆する上で最もキモとなる部分やその姿勢が書かれているので、誤解が生じないように全文を引用しました。
まえがきにもあるように、本書全文に渡って客観的事実に基づいて淡々と書かれています。愚見などと謙遜していますが、著者の「在日朝鮮人問題の対策」に関する意見からは、在日朝鮮人への愛情や厳しさが感じられます。このような方がまとめた「報告」にこそ私は価値があると思います。(著者の意見は、結章に書かれています。この部分は以前一部引用しているのでそちらを参照下さい。)

次回から要所を抜粋して、当時の在日朝鮮人運動の概況を見ていきたいと思います。

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