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在日朝鮮人事情4「戦後在日朝鮮人の職業と生活状態」

引き続き「在日朝鮮人運動の概況:法務研究 報告書第46集・第三号(坪井豊吉著)」から主要な部分を抜粋引用しながら当時の状況を見ていこうと思います。

※本文中の漢数字は読みやすさを考慮して英数字に、「はじまつた」などは「はじまった」表記にしています。誤字脱字等あると思います。不明な点は原著を当たって下さい。

3,出身地、職業と生活状態

 終戦後の在日朝鮮人の出身地をみると、これはまったく終戦前とおなじである。やはり慶尚南北道と全羅南道(済州道をふくむ)出身が圧倒的に多く、全体の約8割を占めている。したがって南鮮出身者は全体の約97%で、北鮮出身者は約3%に過ぎない。

 しかし終戦後の職業分野は、大きく変わってきた。かれらは終戦によって、戦勝国民となったかのように錯覚し、従来の労働を嫌忌する傾向をつよめ、わが法秩序を無視して闇取引、密貿易、酒と煙草の密造、麻薬取引、風俗営業、パチンコ営業などに従事し、常習的に集団的掠奪、強窃盗、詐欺、監禁、暴行、脅迫、汽車電車家屋などの不法占拠をおこない、治外法権的な横暴をこととした。また、わが官憲の敗戦による虚脱状態と無気力に乗じ、とくに社会的経済的混乱を好機とし、第三国人的立場を悪用して不正手段による一攫千金を夢みたものが多かった。そして一時は、相当の財をなしたものもの多かったし、一部のものは現在も巨億の富を築いている。しかしその後、社会的経済的秩序の回復と治安機関の体制の整備から、いわゆるボロ儲けができなくなり、加えて終戦直後の横暴さがたたって、日本人側の各事業場の就職、金融などの面からも次第に敬遠され、大半のものは不正業にたよらざるをえない結果となり、一般生活もきわめて窮迫化していった。

別の機会にできるだけ詳しく書こうと思いますが、当時朝鮮人によって編制された犯罪暴力集団の組織は、数名の愚連隊からしっかりと組織だったものまで、公安調査庁(法務省)でも全てを把握できないほどあった様です。

インターネットでは、いわゆる「朝鮮進駐軍」なる団体名をよく見かけますが、私はそのような組織は知らないですし、実在していたかも知りません。但しそこで叫ばれているような犯罪・暴力行為を行う団体は多数実在しています。これらの暴力的な犯罪行為によって殺害された日本人も相当数にのぼります。

このような犯罪的行為に及んだ原因を「差別」であるとか「(それ故、)貧困状態」などとあくまでも日本側のみに問題があるかの如く在日朝鮮人の歴史を開陳される方がおりますが、上記本文にあるように多分に自らの行いが招いた結果であると言えます。

 こうして、生来の怠惰性に加えて終戦直後の掠奪生活の数年間の遊び癖から、労働による正業をいとう傾向をつよめ、不正不法の営業へと転落し、さらに24年ころからは生活困難を訴えるものが激増するにいたった。そして生活保護の受給者は、別表に示すとおり年とともに増加の一途をたどり、30年12月には受給者14万名に近く、月額2億余円におよぶにいたった。またこれらの受給者のなかには、無職、貧困者と詐称して多額の扶助をうけ、さらにこれを左翼運動に献金している悪質者もあると伝えられた。そこで厚生省では、30年の4月と9月に不正受給者の一斉調査を実施した結果、31年10月には受給者約9万名、月額1億4千万5百円と減額されたが、これは在日朝鮮人の運動戦線にも、大きく反映している。


生活保護費の増大さに唯々驚くばかりです。不正受給者の調査を行ったら一気に支給額が減った事実も、結局は現在と何も変わってないなという感想です。

余談ですが、当時の書物を読むと、作者が朝鮮人であれ支那人であれ日本人であれ、朝鮮人の性質に必ず「怠惰性」が出てくるので、いい人もいれば悪い人もいるという日本人的価値観とは別の根底部分に”朝鮮人らしさ「怠惰性」”があるのだと思います。

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