スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

嫌悪感を抱きながらも参加する運動と醸成された空気

先エントリーにコメントを頂いた”いつかのROM男”さんへの返答がてら書いていたら、元々の本題とは関係のないことをいつもの如く、だらだらと書いてしまいました…。しかも一気に書いたので、辻褄のあってない文章や組立てもあると思います。加筆修正するかも知れません。

■沢山の「在日特権を許さない市民の会」

我が国において対韓国朝鮮関連のデモ行進を行う団体は、「在日特権を許さない市民の会(以下、在特会と表記)」だけではありません。

報道などでは、

在特会が主催のデモは「在特会が主催の~」
在特会が協賛に入っている場合は「在特会が参加している~」
在特会と関係のないデモでは「在特会系の~」

と、在特会以外は存在しないかの如く書かれます。しかし実際には、主旨や主張、行動手法が違う多くの団体が存在し行動しているのです。

例えば札幌の例を上げます。今回行われた「日本が韓国を近代国家にしてしまったことを謝罪しよう!パレード2」は、「そよ風北海道」主催によるもので、女性中心の団体らしく終始和やかに行われましたし、デモ行進中も沢山の方から拍手や応援の声が寄せられました。

そして、上記のパレードとは180度違う運動展開を行う「日韓断交共闘委員会北海道」も存在します。こちらは、”不逞鮮人をぶち殺せ”と、ヘイトスピーチというよりは、ひたすら下品な罵声を「記号化」して主張するデモ行進を行っております。──有田芳生参議などは、デモ行進中のこうした罵声をホロコースト扇動だの殺人教唆だの仰ってますが、私は運動手法の軸が極端に触れた形態における記号化と認識しています。──

■嫌悪感を抱きながら参加する運動

何度か主張していますが、私は人種差別主義団体と悪名高い在特会の副会長ですけども、韓国朝鮮(在日含む)への抗議や批判に乱暴な物言いも憎悪も必要ないので、相手側にわざわざ「主旨を変える口実」を作らせるのは愚策だと思っています。だから、この様な主張は好きではないし、むしろ嫌悪感を抱いています。

既に北海道支部の運営に細かく口出しする立場には無いですが、在特会北海道支部では、新大久保で繰り広げられているような主張はしていません。当然これからもするつもりはありません。

日韓断交共闘委員会北海道主催のデモについて、「日韓断交」という主旨には大いに賛同しておりますので、在特会北海道支部も賛同していますが、新大久保デモであったような「良い韓国人も悪い韓国人もどちらも殺せ」「良い朝鮮人も悪い朝鮮人も無い」などの頭のおかしい主張は一切支持なぞ出来ないし、そのような主張をされるのであれば、私はいつでも辞退・抗議します。これが私の正直な見解です。

何故私はこのような主張や手法を、否定・批判し、嫌悪感を持ちながらも参加(協力/主催)するのかといえば、運動にはこのような「下品さを伴う形態」も必要だと確信しているからです。

その分かり易い例が、日韓断交デモでした。このデモの凄いところは、罵詈雑言ではなくて、今までにない新しいコンセプトを打ち出したことでした。それは、沿道でデモを見ている人たちを一切無視するというものです。

どういうことかと言えば、韓国内から韓日断交を叫ばせる、韓国内で大きく報道させるというものでした。この思惑は完全に填りました。直ぐに韓国メディアで取り上げられ、韓国側はいつも通り国旗を焼いたり首相人形を焼いたりし始めましたし、それだけでは終わらず、次から次へと今まで以上に頭の悪い言動を世界に発信し始めました。その後、ご承知の通り国内外で大事になったのです。

■空気を醸成したのは下品な運動形態

先日国会で韓国朝鮮に関する事案が議論されました。「従軍慰安婦強制連行」についても話されました。これは、事実を突き止めた学者・研究者や国会議員によってのみ為し得たことではありません。この様な質疑を行っても、議員辞職に追い込まれない『空気』が醸成されたからです。

そしてこの『空気』を醸成したのは、紛れもなく「下品な運動形態」です。

如何に、正しいことを堂々と正しく主張しても、それによって韓国朝鮮問題を大きくすることは絶対にできません。正論では、異常なメンタリティで我が国を蝕む韓国朝鮮人(国家/在日含む)と、GHQによる統制の中から未だに抜け出すことが出来ない東京裁判史観の申し子たちによる『腐臭漂う空気』を打破できないからです。

歴史的検証が殆ど完了していると言っても良いような「従軍慰安婦」とか「強制連行」についても、こちらがどれだけ正しい情報を正しく発信しても、それによって韓国朝鮮側が間違いを認めることは絶対にないし、どれだけ歴史的根拠があろうと竹島は帰ってきません。それどころか、至る処に「従軍慰安婦」の像を建てられ、竹島は汚い建物で汚されているのです。

関東や関西が中心となって国内中で、役所への書類による抗議から実質的抗議に至るまで様々な運動体や個人が、批判を恐れずタブーに挑戦してきたからこその今の『空気』であり『流れ』です。

■派生する誇り在る運動形態

そして、『空気』や『流れ』は、様々な効果を生み出しました。私たちの様な運動形態だけではなく冒頭で紹介したそよ風北海道さんの様な運動、また全国各地でも様々な団体が様々な主旨で、誇り在る堂々たる運動を行っています。下品な運動はしたくないけども、何かやりたい、主張したいという方たちが自ら外に出て運動をし始めました。逆に、上品な運動では駄目だと感じた人たちは私たちのような運動に参加することも出来るようになりました。

私が学生の頃は、「保守的な運動」をやろうと思えば、学問に走るか、右翼団体に行く以外に選択肢が無かった様に思います。今なら、自分の主張に近い団体は沢山あると思います。政治や報道、ちょっとした何かに疑問を抱いたり、変だと感じたら、直ぐに行動に移せる環境が整っているのです。選択肢の多さはとても重要です。

因みに私たちの様な活動を下品だと批判する人たちを「綺麗事保守」などと呼ぶそうです。でも、あんな下品なことは批判されて当然ですので、「綺麗事」ではないと思います。私が「綺麗事」だと感じるのは、一例として以前ツイートしたので引用します。

『日頃から私たちの言動を日本人としてあるまじき下品な~と言っているいわゆる保守派が、西村衆議の発言を擁護する。発言内容の真偽は関係無く、日本人としてとても下品な発言なのに批判せず擁護する。何故かと言えば、西村衆議を擁護しても「自分は傷つかない」から。これが綺麗事と言われる現象。(ママ)』

要するに下品さを批判することが「綺麗事」なのではなく、同じ下品であっても自分が傷つかないことは擁護することが「綺麗事」なのです。

■在特会生みの親は自民党ではないのか

今なら幾ら保身しか考えない馬鹿で無能な政治家でも、しっかりと韓国朝鮮の間違いを糾したり、正当な批判を繰り広げることができるにも拘わらず、未だに「河野談話」も「村山談話」も破棄できない情けない状態です。要するに、韓国朝鮮問題でこの半世紀で変わったのは、10年ほど前から徐々に活発化してきた「外に出る保守的な市民運動」であって、学者・研究者・政治家は何も変わっていないのです。

先日行われたTBSによる取材で、当会の桜井誠会長が在特会立上げの理由について「今から8年前、在日が提訴した無年金裁判について誰も抗議しなかった。だから自分で作った(要約)」と答えてましたが、これも政治が解決を先送りせず、その場できっちりとカタを付けていれば良かっただけの話です。

当会が問題としている「入管特例法」についても結局のところ、圧力をかけられても毅然とした態度で突っぱねれば良かったのに、阿ったことが原因です。

ですから、私たちのような運動形態が出来たのも政治不信(マスコミ不信)に因るところが大きく、誤解を恐れずに言えば、在特会は、”戦後体制を必死で護るあまり韓国朝鮮に必要の無い「配慮」をし、必要な「批判」をして来なかった政権与党の自民党が誕生させた”と言っても過言では無いと思います。

日本は神の国発言で散々な目にあった元首相や、日本は単一民族国家と発言して辞職に追い込まれた大臣(日本は良い国だと発言して首にされた幕僚長等々、あげればキリがありません)。この時に政府や他の自民党議員は一体何をされていたのですか。「君、それは言い過ぎだぞ」と、タブーを打ち破ろうとする議員を自ら潰してきたのでは無いですか。社会党や民主党、公明党、共産党の様な間抜けな党に少しずつ譲歩した結果が、現状です。

■在日特権とは戦後体制の先兵

私は「在日特権」とは、正に戦後体制の先兵であり、戦後体制そのものであると思っています。

例えば一例をあげると未だに韓国人の犯罪では通名報道のみが為されたりします。彼らが行う通名報道の何が問題かといえば、結果的に国籍が偽装されていることです。”韓国籍の田中太郎こと李太郎(28)容疑者”(※1)と報道すれば良いのに、必要のない配慮をして”田中太郎(28)”としか報道しないので、日本人による犯罪にしか見えない状態です。

通名を例に上げましたが、要するにこれは韓国人が通名を使うことよりも寧ろ、そこに我が国のメディアが「必要の無い配慮」を加えることを問題視しています。そして、そのような配慮をしなければいけない『腐臭漂う空気』が在日特権(戦後体制の先兵)だと考えています。

必死に韓国朝鮮擁護を繰り返す政治家や報道、糞左翼(※2)が、批判をしなければならない場面においても、敢えて正当な批判をせずに無視や擁護をするのです。この姿勢が益々状況を悪化させており、この『腐臭漂う空気』は、戦後体制という化け物の先兵らしく簡単に倒すことはできません。今までの闘いはほぼ全敗だと言っても過言ではないでしょう。

この闘いに勝つ方法など、私に思い付くはずもありません。何の知識も人脈も政治力もない私が出来ることと言えば、この先兵に必死に泥を投げつける程度のことです。しかしこの泥を投げつけ、投げられる行為を誰かがやらなければ運動が大きくなることはありません。

■ヘイトスピーチの規制は可能か

現在、日本国中から大バッシングを受けている在日特権を許さない市民の会。──これによって会を離れる人も沢山いるでしょう。そんなことは当たり前であり理想です。違う主旨の運動展開をするもよし、心機一転政治家を目指すもよし、批判に耐えられない自分の弱さとゆっくり向き合うもよし、それぞれがやりたいようにやれば良いのです。──

ここまでバッシングが大きくなったのは、東京の新大久保で行われた対韓デモで、一部の参加者の極端な主張が大きく報道されたり、お散歩(と称する実質の嫌がらせ無許可デモ)が行われたことが原因でしょう。本質的なことを言えば、その対象が「韓国人」だったということが一番の原因だと思いますが、それはまたの機会に。

そこで割とメジャーになったのが「ヘイトスピーチ」という文言です。会が発足した当初、正当な主張を丁寧にしていても「ヘイトスピーチ」と言われていたので、古くから当会で活動している人にとっては、今更どうしたという感じではないかと思います。

国会議員の中にも規制すべきとの発言も出始めていますが、現状ではヘイトスピーチの規制は難しいだろうと思います。可能性があるとすれば、「集会、集団示威行動、集団行進においては規制される」というような限定的なものではないでしょうか。今のようなざっくりとした定義(恣意的解釈が可能過ぎる)では、国内中に溢れる多くの表現が規制にかかってしまいます。

例えば、「中国人に運転免許証を与えるのは危険だ」「在日韓国人は犯罪率が高い」というような表現は確実に規制されるでしょうし、日本人らしい悪気の無いざっくり感で話しても、相手がそこに(先天的な属性に係る)憎悪や差別を認識すれば、大きな問題になるでしょう。

■「ヘイトスピーチ」という文言は魔法の言葉

今や、この『ヘイトスピーチ』という文言は、盲目的な韓国朝鮮擁護派にとっては無くてはならないとても大事な魔法の言葉になりました。また、「保守派」にとっても、在特会と自分たちを差別化する上で大事な言葉になりました。

盲目的擁護派は、とにかく「韓国朝鮮(在日含む)」を批判されることや嫌われることが許せないのです。例えそれが正論であり、正当な批判であっても、何としても批判者を貶めたいのです。今までは『差別』を頻繁に使ってましたが、多くの日本人が「何が差別だ馬鹿」と思い始めてしまった今、『差別』は微妙な立ち位置になってしまったのでしょう。

私たちのような分かり易いヘイトスピーチを行う相手に留まらず、今後沢山出てくるであろう、正当な批判に対しても何でもかんでも『ヘイトスピーチ』だと言って来るでしょう。日本ではメジャーじゃありませんが、世界的には当たり前の言葉ですので、今後色々な場面で活用されることが想像できます。

「保守派」にとっても、非常に重要な言葉です。「私たちは、在特会のようなヘイトスピーチはしません」と一言前置きすれば、私たちより遙かに醜悪なヘイトがそこに潜んでいても、自分を批判から護る衣をまとうことが出来るのですから。

最近頻繁に使われる言葉には、レイシスト(人種主義/※3)という文言もあります。例えば、その者がどういう人かどうか関係なく、在日韓国人(人種/民族)という属性のみで嫌う人が存在します。その様な方は、当会の活動参加者にも何人か居ます。でもこれは、当会に限らず(活動に限らず)何処のどんな中にも一定数含まれるものです。決して奇異な存在ではありませんので、今回は余り取り上げませんが、一応私の見解を下記一例を元に簡単に述べておきます。

多くの在日韓国人朝鮮人は生まれながらにして在日韓国朝鮮人です。人によっていつ出自を聞かされたのか、意識したのか分かりません。色々な葛藤があったのではと思います。そして政治には全く興味ない人もいれば、熱心に活動する人もいる。その全く政治に興味無く普通に暮らしている人を「駆除」するだの「死ね」だのは、頭がおかしい異常者としか思えません。但し、私は「マイノリティは弱者である」と考えてはいません(しいていうなら「弱者かも知れない」です)。何故なら、それこそが差別の原因であり本質だと感じるからです。

■最後に

ここまで多くの方々の運動で、国内に、ある一定の物を言える『空気』が出来てきました。ここから先は政治家がどうにかするしかありません。自身の能力・覚悟不足を、たかが市民団体如きのせいにする等という恥ずかしいことはせずに、政治生命を懸けてやって貰えればと思う次第です。また、私たちの運動形態も新たな局面を迎えつつあるのかなとも感じていますので、これから色々と考えていかなければなりません。

北海道には、在日韓国朝鮮や支那問題以外にも、アイヌ不正受給・政策利権問題もあります。一部の政治家や学者が素晴らしい正論を武器に堂々と主張していますが、今のままでは何十年経ってもこの問題が大きな社会現象になることは無いだろうなと感じています。それは不正追求運動形態に幅が無いからです。

防ぐ力より侵蝕する力の方が遙かに強いので、正論だけでは勝てないのではと憂慮する次第です。時機に後れた攻撃防御方法とならないことを祈って。

平成25年5月28日


※1 仮称です。
※2 私がいう左翼の定義は、「どんな左翼にもいささかも同意できない18の理由/西部邁著」における定義。
※3 人種間には本質的な優劣の差異があるとする見解に基づく態度や政策。19世紀末のヨーロッパで広まり、優秀民族支配論・有色民族劣等論などを生み出した。レイシズム。ラシスム。

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。