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日韓併合前の朝鮮事情8「婚姻」

第8回目は、朝鮮の婚姻についての記述を紹介します。先の「男女」と同じ様に朝鮮における風習や風俗を理解するには必要な項目だと思います。日本でも地域によって婚姻行事が大変だったりしますが、当時の朝鮮はどうだったのでしょう。

引き続き「最近朝鮮事情(荒川五郎著)清水書店/明治39年5月」より、朝鮮の家屋についての記述を書き出しました。
※旧仮名遣いは現代仮名遣いに直しており、送り仮名や熟語も現在使われている様式に直しています。誤字脱字等あると思います。不明な点は原著を当たって下さい。また、(※)表示で書かれているのは私による注釈です。

朝鮮の婚姻(103~106ページ)

●朝鮮は階級の厳格なだけ、婚姻もそれにつれて最も門閥を選び、同じ家柄格式で無くては結婚することが出来ない。しかし血統の事など余り重きを置いて居ないが、同姓は相婚することは許されない

●朝鮮は割合に結婚の事がやかましい。それは既に婚姻した者と、マダ婚姻しない者によって、世間の待遇が相当違うから、婚姻は軽く見ることが出来ず、自然そう云う風になったものであろうかと思われる。

●既に婚姻したものは何程年齢は少なくても、大人大人というて崇められるが、マダ婚姻しないものはタトイ60になろうが70になろうが、チョンガー即ち小童と呼ばれて人に軽蔑せられる。今王の李熙(※1863-1907)も雲県宮のチョンガーであった時は、最下の両班の長者から呼び捨てに逢い、これに伏拝したのである。

●そこで一般に早婚の弊風が行われ、従って朝鮮の国の発達を害することは少なくないけれども、自然ながくしみ込んで居る習慣は中々容易に改めることは出来まい。

●日本人でも朝鮮で、未婚者であると云うたなら、必ずチョンガー(小童)とて馬鹿にされる。その位であるから朝鮮では、男子12、3歳になると、モー急いで、女房を取りたがる。従ってその女房は大抵自分より2、3歳以上マダも年上であるのが常である。

婚姻するには日本の様に、まず仲人をたのんで、先方の身分や年齢及び家格などを調べ、別に不釣り合いなどの事も無いというので、双方よかろうと、合意が出来ると男の方から四柱というものを女の家に贈るのが礼である。四柱とは生まれた年、月、日、時を厚紙に書き、ケヤキの木にはさみ、紅糸でまき金繊糸で飾って、袱紗に包んだのである。

●こうして一旦男女の間の仲人が立って、双方の親が許した後は勝手に破談することは出来ない。中には結婚する御当人は、互いに先方の顔も知らぬ名も知らぬどころか、婚姻の事も知らぬうちに両親と仲人で万事を取り決めて仕舞うことは常にある

●かくて媒酌が成り立つと、日官に請うて吉日を選んで婚姻式を挙げる。その式は所により多少の違いはあるが、まず室に入って女が四拝する。それから男が二拝すると、ホロホロホロホロと言うて杯をとり酒をのむまねをする。これが合乾杯とて夫婦杯の式である。

●ところでその結婚する当夜は、昔から新房に守房というて番人をつけたものだ。この守房という番人は親しい族縁の者とか、又は侍婢などの預かる役であるが、近頃は守房というは只名ばかりで、近所の者など窓へ穴をあけて新房を覗き、或いは色々の戯れごとをして得意がるが、新郎新婦は只室内に睨み合ってその一夜さの明けるのを待つばかりである。

●式は済んでも、それから新郎新婦大勢に取り巻かれて、あちらに行ったりこちらに行ったり、参拝したり九拝したり、宴会だけでも何遍開かれるか分からない。そこで貧乏人には容易に婚姻ができない。チョンガーと呼ばれて馬鹿にされても、仕方は無い独り身で暮らさなくてはならないのである。

●こうして何日もかかって漸く結婚の披露が済むと、それから友人達の招待を受けるのであるが、行っても御馳走は無く、まずその友人のうちの年長者に一礼をする。ソラ来たというので一同走りより、いきなり新郎を縛り上げ、棒きれなどで尻を殴ってげい中の秘事を白状させる、などと云ういたづら事をする所もある。

●そうして人が間に入って否応なしに奢れということで大いにおごらしたり、又新婦の家に知らしてスグに御馳走を運ばしたりして、底抜け騒ぎを始めるのである。交際の広いものだけ又身分のよい者だけ、それだけ度々やられるのである。

●それから又可笑しいのは結婚してからも、新夫婦とも長い間互いに睨み合いの体で、しみじみ語り合うということなどは殆ど稀で、特に甚だしいのは新夫婦が両親の前に出た時で、丁度仇同士が同席したかのように、更に言語も交えないのみか、ツンとして睨み合うて居ることである。

●又俗に一種盗み嫁というのがあって、男女相愛して居てもその親達が承知しなければ、同じ親友の若者をたのみ、乱暴にも女を奪い取りて結婚する。この弊風はイマダにあるということである。



「朝鮮の婚姻」から分かること、思うこと

.結婚をしているかしていないかと言うことはとても重要で、未婚者への侮蔑的、差別的言動はひどかった様だ。王であっても結婚前は、最下の者から馬鹿にされていたらしい。未婚だと馬鹿にされるので男は12歳程度で嫁を貰いたがる傾向にあり、嫁さんは2、3歳以上年上だったようだ。

.結婚におけるしきたりが結構面倒臭く、家柄や門閥、参拝、宴会と大変だった様だ。そんな感じだから貧乏は結婚が出来ないので、チョンガーと馬鹿にされても堪えるしかない。それだけ苦労して結婚したら勝手に破談はできない。相手の顔や名前どころか、結婚することも知らせられずに勝手に婚姻を結ばれることもあった。

.結婚当夜には守房という番人がついた。それは名ばかりで近所の者が集まって新房を覗くという意味の分からない風習があった。また、友人の最年長者宅に出向き挨拶をすると新郎が縛り上げられて色々と秘事を白状させられるという悪戯もある。盗み嫁といって、男女が相愛しているのに親が承知しない場合、無理矢理女を奪って結婚するという風習もある。

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