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戦後朝鮮人事情1「私が朝鮮半島でしたこと」

何度かに分けて、大東亜戦争終結後の朝鮮人の動向を見ていこうと思います。また、できるだけ偏りの少ない情報を見ていきたいので、戦前から朝鮮人と友好関係を築いていた方の著作を使用します。

今回は、「私が朝鮮半島でしたこと 1928年-1946年~架橋・農地改良・道路建設・鉄道工事(松尾茂著/2002年1月発行)」より引用します。
※本文中の漢数字は読みやすさを考慮して英数字にしています。また、「(※)」表示は私による注釈です。誤字脱字等あると思います。不明な点は原著を当たって下さい。

終戦になるまでは、数々の朝鮮半島での土木工事を朝鮮人と共に頑張って成し遂げている様子が描かれています。それでは終戦時からの記述を見ていきます。

 


152頁
安州には安州神社というのがあって、朝鮮の人もなかば強制的に参拝させられていた。私たちの事務所にもそのような教育をするようにという指示が来ていたので、朝礼のとき定期的に朝鮮人幹部も引き連れて安州神社に参拝に行くようにしていた。
(※昭和20年)8月15日の朝も、4時ごろから起きて、幹部一同を集めて神社に祈願に行った。昼に玉音放送で敗戦を知ったわけだが、まさに青天の霹靂とはあのことだろう。

153頁
終戦の翌日、平壌神社が朝鮮人の手によって火をつけられ燃え上がった。安州神社も8月23日には燃やされてしまった。終戦になる前は、朝鮮の人も納得ずくで参拝しているように見えたが、実際には信じるふりをしていただけだった。

後日談だが、朝鮮側は安州神社の放火犯として副邑(町)長の伊集院さんを逮捕した。伊集院さんは参拝を一日も欠かさないほどの敬神家で、火をつけるはずはないのだが、焼失の当日も朝から参拝に行っていたことにかこつけて、陥れられたらしい。満州送りとなり、帰らぬ人となってしまう。

恐らく朝鮮人自身も特別不満もなく参拝してたのだろうなと思います(他書ですが、日本本土でも朝鮮人が熱心に参拝する様子があったりしますので)。しかし、日本が戦争に負けたことで『自分たちは負けてない戦勝国側なのだ』という意識から焼き討ちを行ったのではないかと思ってます。共産党員による扇動も十分考えられると思います。
著者も書かれているように放火犯として逮捕された伊集院さんは全くの無実であったことでしょう。可哀想に…。

153頁
(※昭和20年)8月22日には、安州の刑務所が破られ400人ばかりの囚人が全員、脱走してしまった。われわれが新義州からの囚人を受け入れるために建てた、あの刑務所である。(※同書140頁参照)

154頁
看守もたくさんいたが、とても囚人を止めることなどできなかったという。逆らえば叩き殺されるので、何もいわずに見ているほかなかった。

知人が実際に見た話だが、連行された警察官はふんどしひとつにされ、便槽のなかに入れられて、首まで糞尿につかりながら底に沈んでいるピストルの弾を四つんばいになって探させられていたという。

155頁
私も警察署につれていかれて脅された。平壌からもらってきた金を出せといわれ、拘置されたのだ。

私は、護身用に許可を得て所持していた拳銃も取り上げられ、命は惜しいので、金はあるだけ出して帰ってきた。

家宅捜索もされた。兄の勘次が蓄えておいた金を5万円、リュックサックの底に隠しておいたが、見つけられてしまった。

156頁
映画館では、何百人もの朝鮮人が入れ代わり立ち替わり「朝鮮人、万歳!」と叫び合う集会が繰り返されていた。町を行く朝鮮人のあいだからも「朝鮮人、万歳」の声が聞こえる。赤衛隊という共産党の行動隊が満州から乗りこんで来て暴れ、日本人で逮捕される人が続出した。

157頁
結局、9月のはじめ、保安署(もとの警察署)からの命令で日本人は全員、安州刑務所に収容されることになった。朝鮮側にしても、日本人がばらばらに住んでいると監督しにくいという面があったのだろう。襲撃されたり、殺されたりしないように、日本人は集まって暮らしなさい、ということだった。
それにしても、自分のつくった刑務所に自分が入ることになろうとは……。

日本本土でも終戦後、刑務所が破られて朝鮮人が大脱走した事例が沢山ありますが、半島もそのようであった様ですね。警察官などの官憲はその権力を盾にして、横暴な態度をとっていたことでしょうから(これは日本人も朝鮮人も関係無く)、恨まれていたのは間違いないですね。だからといって混乱に乗じて殺人や暴行をしても良いわけではありません。そしてここからは共産党員が力を発揮してきます。この様に見ていくと、本当に共産主義者というのは恐ろしいなと思います。

159頁
9月24日、ソ連軍がとうとう進駐してきた。100名ほどの陣容で、もとの安州裁判所に司令部が置かれた。翌日、また2、300名のソ連兵がやってきた。司令官を中心に幹部が数人いて、朝鮮人を指揮して用事をさせるようになった。朝鮮人は終戦後、地下から出てきた共産党員や保安署員で、制服がないので朝鮮服を着ていた。

160頁
虎の威を借る狐ならぬ、ソ連軍の威を借る何とかで、朝鮮人は監督と称して怒鳴りちらした。日本人から取り上げた日本刀を腰にさし、得意になって歩き回っていた。
胸の悪くなるような経験をさせられた。われわれを引率して保安署に連れていき、長々と演説をした。「日本人は長いあいだ罪のない朝鮮人を捕らえて、拷問にかけた。それをした日本人幹部たちに、ひと通り拷問を味わってもらうつもりだ」──そして、水飲み拷問にかけられているらしい日本人のうめき声から気絶するまでを、留置場の窓の外で聞かされた。

163頁
ソ連兵が酔っぱらって、若い女性を探しにくるのには困らされた。若い女の人は晩になるとみんな押し入れに隠れ、顔を黒く塗り、なかには頭を坊主に刈る人も現れた。

ソ連軍が進駐してくる前に朝鮮側から、「日本人は将来のこともあるので若い女性20名をソ連軍に差し出すように」と申し入れがあったという。人身御供である。

さいわい司令官は「自分たちは、けっしてそのような要求をしたことはない」と返事してくれた。あとで聞くと、司令官は敬虔なクリスチャンだったという。

しかしソ連兵の来襲は止まず、夜ごとに4、5人で「マダムを出せ」とやってきた。朝鮮人が手引きをしていた。日本の娘は子どもに見えたのか、彼らは若い人妻を要求した。

164頁
あるときは出入り口を朝鮮人に固めさせ、日本人全員を中庭に鶏でも追い出すようにして集め、目ぼしい女性を引き出そうとしたこともある。そのつど、男性陣は時間の引き延ばしに努め、ソ連軍憲兵の急行を求め、助けられた。だから、クリスチャンの司令官には感謝したものである。

ソ連軍の威光を傘に来てやりたい放題やるのは、実に朝鮮人らしいというか事大主義が根付いているというか…。
著者が「胸の悪くなるような経験をさせられた。」と一文で片付けてますが、その心情や如何に。

非常に不利な状況下でも日本人男性は頭を使い身体を使いロシア兵や朝鮮人から女性達を守ろうとしました。普通はそうですよね。でも、朝鮮人は慰安婦強制連行20万人性奴隷などと言います。朝鮮の男性は一体何をしてたんだろうと素朴な疑問を持つのも当たり前です。

そして今現在も(一部の政治に口を出す)在日韓国朝鮮人がいう「日本人は長いあいだ罪のない朝鮮人を捕らえて、拷問にかけた。」みたいな考え方は、恐らく共産党による「思想」の一環なのかなと感じます。
そして戦後の朝鮮人動向が書かれた本で必ず出て来るソ連兵や朝鮮人による女性の拉致・監禁・強姦・殺人がここでも出て来ます。ソ連のお偉方が半島入りするまでが、荒れ放題でとても凄惨だったようです。記述は来てからですので、本当に酷かった時の状況は書かれていないです。

170頁
戦時中、日本人のすぐ下で働いていた朝鮮人は追い払われ、いまでは地下組織から出てきた共産党の人たちが力をもつようになっていた。私たちの組の幹部だった朝鮮人も、終戦後すぐ、南の人たちはそうっと逃げ出して故郷に帰っていった。安州のあたりはそういう点では危険なところだったから、彼らは日本人以上に逃げたかったかもしれない。とどまる人はいなかった。

171頁
また、もともと安州に住んでいた朝鮮の人でも、新しく力をもった地下組織の人に強い反感をもち、あいつらのためには働かないぞ、という人も多かった。

そのうち、旧地主や金持ちの朝鮮人の郡外追放が始まった。共産党員らの手で強制的に牛舎一台きりの生活道具を査定され、あとの財産も家もすべてを取り上げられて郡外に追放されるのだ。ゆるゆると進む牛舎のあとから一族が泣きながらついていく姿は、日本人の目から見ても哀れでならなかった。

朝鮮人同士でも争いが熾烈だったようです。朝鮮人の共産党員による朝鮮人搾取です。この何年後化に、朝鮮人同士で数百万単位の殺し合いをする前兆が現れていたのかも知れません。
著者は随所に「朝鮮人や朝鮮の人」と「朝鮮人の共産党員」を分けて記述していますので、朝鮮人を庇う立場でも書かれているのかなと思いました。後書きでも、一緒に働いた朝鮮人の身の上を心配していますので本当に優しい方なのでしょう。

この後、数百キロに渡って38度線を越えるまでが描かれていますが、今回は割愛します。

日本による植民地搾取はひどかったと未だに叫ぶ在日韓国朝鮮人、韓国人は沢山いますが、その苛烈な植民地支配の後の身内同士で行われた大虐殺については殆ど言及されません。また、ベトナム戦争での韓国軍による民間人大虐殺についても余り言及されません。歴史は歴史として事実をそのまま見ようとしないことが私には不思議でなりません。

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